選択理論を通して人材育成する会社
~先陣を切ってもつ鍋の総合メーカーへ挑む~
有限会社 楽天地 代表取締役 水谷 崇 氏(福博支部
福岡のソウルフードと言えば『もつ鍋』。
元祖を名乗り、今や国内に12店舗さらに海外進出、そして通販を含め『もつ鍋の総合メーカー』に挑む企業を取材しました。
父親が創業
「父は商売人でした」と話し始めたのは、(有)楽天地の水谷崇さんです。父親の寿さん(故人)が1979(昭和54)年に創業しました。もともと内装業を営んでいましたが、もつ鍋のうまさに魅せられついに自分で開業したのでした。山盛りの具材が特長で「もつ鍋はウチから全国に広がった」と自負していました。
水谷さんは1970(昭和45)年、福岡市奈良屋町に生まれます。地元の大学を卒業して地元の銀行に就職します。「銀行では厳しい指導を受けました」。銀行から派遣で6か月間、中小企業診断士育成コースを学びました。地域金融機関の融資担当として、経営者の悩み解決に誠意を尽くすとともに、「自分でも商売してみたいなぁ」という気持ちも芽生えてきていました。
実家の経営危機
2001(平成13)年秋頃に、国内で狂牛病(BSE)が流行してきました。実家は急激な経営危機に陥ってしまいます。当時3店舗を展開し、売上1億円で借入金5億円、債務超過3億円という状況でした。店舗は家族とアルバイトだけのいわゆる家業でした。「銀行の判断としていつ倒産してもおかしくない状況でした。父親から「崇、のれん代という言葉を知っているか」と言われていました。いわゆる企業価値で、確かに父親が『もつ鍋』を広げたという価値はあると考えていました。数値には表れない、水谷さんなりの商機(勝機)を感じていたのではないでしょうか。
家業を継ぐ
水谷さんは10年勤めた銀行を退社し家業を継ぐ決意をしたのでした。「私はやりたくて帰りました」と水谷さんは語ります。2003(平成15)年のことです。父親からは「外に出ることなく仕事を覚えろ」と言われました。肉のさばき方など料理方法まで父親について修得しました。5年ほどもつ鍋と向き合いました。その後決裁権は父親が持ちつつ、実質的な経営を水谷さんが任されるようになりました。
お客様に「自粛しないでください。それが東北への一番のエールです」と言われました。その一言に救2011(平成23)年、東日本大震災そして大津波を報じる映像を見て、大きなショックを受けました。「うつになりました」と振り返ります。事業を自粛しようとも考えていました。そんな折、東北から来たお客様に「自粛しないでください。それが東北への一番のエールです」と言われました。その一言に救われたと言います。
水谷さんは改めて自分がやりたいことは何だろうと考えました。「父がもつ鍋を日本に広めたように、私は海外に広めよう!」と決意しました。そこで、縁あってベトナムのチェンマイに出店することになりました(現在は撤退)。そこで気づいたことは「若者が希望に満ちている」ということでした。この希望を日本に持ち帰り商売を見直そうと考えたのでした。
家業から企業へ
2013(平成25)年、経営の勉強をすべく同友会に入会します。大学の先輩である田上恭由さん(株)ワイコム・パブリッシングシステムズ 福博支部所属)の勧めです。共同求人委員会に参加して活動を始めました。「人が育つ社風をつくり、共に学び成長する」というコンセプトに共感を覚えました。「雇用を創り出すことの意義を感じています。合同入社式の最後で集合写真を撮るのですが、それがすごく好きです。なんか親になった気持ちになれます」
『あすなろ塾』『経営指針作成セミナー』にも参加しました。家業から企業への脱却を図るには、理念が必要だと考えました。
策定した経営理念は次の通りです。
楽天地はあきらめません。
自分ではなく、お客様・従業員・縁あるすべての人々に物心ともの幸福の追求を目的として努力し続けます。
天を敬い、人に愛を届け、選択理論を通して人材育成企業になります。
選択理論とは
従来の心理学(外的コントロール心理学)では、人間の行動は外部からの刺激に対する反応であると考えられてきました。そのため、問題が発生した時に、怒る・罰するなど強い刺激を相手に与え、思い通りに動かして解決しようとしていました。しかし、それでは
アメリカの精神科医ウィリアム・グラッサー博士によって提唱された『選択理論』は「すべての行動を選択できるのは自分だけである」というものです。問題が発生した時には、相手を受け入れ、自分との違いと交渉することで解決をしていきます。行動は最善と思ったものが選択された結果だと考えることにより、良好な人間関係を築き上げていきます。
その行動基準
そして水谷さんが『最善の行動基準』と捉えているのが『ディズニーテーマパークの行動基準』です。人は『効率』を優先して行動しがちです。しかしディズニーランドでは、安全(Safety)・礼儀正しさ(Courtesy)・ショー(Show)・効率(Efficiency)を優先
こんな事例を挙げてくれました。ある販売ブースで、スタッフが自社のゴミ箱を他店の前に置いたというクレームが出てきました。そこで幹部にはそのスタッフを頭ごなしに叱るのではなく、この行動基準に照らし合わせ、いかにすべきかを本人に判断させるよう伝えました。
「日頃からこうしなさいという指示ではなく、30分考えてから実行しなさい」と言っています。時間はかかりますがベターな方向に改善しています。
思い悩んでいるスタッフには、経営理念にあるように「自分のことではなく、スタッフやお客様のために行動するにはどうしたらいいと思う?」と投げかけました。そのスタッフは1年後トップの人事考課を得たと言います。
経営指針書の効能
2019(令和元)年に二代目社長に就任します。
「中小企業診断士は、経営指針書を作成・実践するという趣旨の指導をするのですが、まさに同友会の学びがその実践なんですね」。店舗数は3倍になり、借入金の返済はめどが立ち、念願の海外進出も順調に進んでいます。
のれんに掲げる『元祖』にこだわる戦略として、他社広告を始めました。明太子と言えば元祖は『ふくや』さんです。そこでふくやの明太子とのセットをつくりました。他県からのお客様などには、もつ鍋の元祖は楽天地と刷り込まれていきます。
コロナ禍で
順当な推移を見せた業績も売上げ10億円の直前まで来ましたが、訪れたコロナ禍で大きな打撃を被ります。
そこで福岡銀行(地域共創部)と協力して、医療介護従事者にもつ鍋と明太子のセットを無償で贈るキャンペーンを展開しました。その数五千人超に上ります。またテレビの人気グルメ番組で取り上げられ通販で四千食ものオーダーが舞い込み、何とか凌いだと言います。
その際、スタッフから「社長、作る場所が足りません」の言葉にセントラルキッチンを新しく増設しました。もつ鍋メーカーとして先陣を切って取り組んでいます。「レトルトは非常に難しく、心が折れてしまいそうになることがありますが、毎朝『楽天地はあきらめません』と理念を唱和している手前、私が折れるわけにはいきません」と力強く話すのでした。
チップ制の導入
日本には、昔からおひねり・心付けという習慣がありました。現在、日本ではチップ制は普及していませんが、お客様にアプリ(toypo)をダウンロードしてチップを購入してもらい、スタッフのサービスに応じて渡すというものです。スタッフのモラルの向上が目的ですが、水谷さんは渡すお客様も嬉しいのではないかと読んでいます。
店長の中には「私がいただいたチップはスタッフに渡そうと思います」と報告してきたところ、水谷さんは「そうではなく、店長が率先して手本を示してお客様に支持されることで、スタッフのやる気を起こさせることが役目だよ」と諭したそうです。
世界のもつ鍋王になる!
取材の最後に水谷さんの考える自立型企業についてお伺いしました。
「自力本願という言葉もありますが…、まず自分でできることを全力でやることです。目の前のことに最善を尽くす。そうすれば見ている人がきっといます。おてんとう様、サムシング・グレート(神様)かもしれませんが。そうすれば応援してくれる人がきっと出てくると思います。そのことを忘れずに、縁ある人々に全力で貢献していきたいと思っています。仕事を通して、社員やスタッフが成長する姿を見るのがほんとに楽しいです」
いただいた名刺には『世界のもつ鍋王に俺はなる 二代目代表取締役 水谷崇』と高々と宣言してありました。
取材協力ありがとうございます。
限会社 楽天地
創業 | 1978年8月 |
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住所 | 福岡市中央区今泉1-19-18-4F |
電話 | 092-781-2511 |
従業員数 | 125名(うちパート・アルバイト100名) |
URL | https://www.rakutenti.jp/ |
事業概要 | 創業43年のもつ鍋専門店。福岡市中心部8店、海外3店。通販及びお土産物販。 |
取 材 広報部
文章担当 菅原 弘(東支部)
写 真 富谷正弘(玄海支部)